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お元気ですか履敵基地 / ブタスブタ

お元気ですか履敵基地

novel

ブタスブタPROFILE

 えーと。どうも。『お元気ですか履敵基地』ですか? そういう番組なんですよね。あ、番組じゃなくてコーナーの名前なのか。番組の名前は、えーと、ごめんなさい書いてないや。ともあれこんばんは。

 いや、放送されるのは夜じゃなかったりするのかな。

 まあいいや。

 ここノウェルカは、いま夜です。夜しかこんなことしてる時間無いんで。遊びに来てるわけでもないんで。

 ここノウェルカの夜は、昼よりは暗いけど、地球での夕方くらいには明るくて、空は紫色です。見せられるといいんですけどね。わりと綺麗ですよ。まあ音声だけで、雰囲気だけでも伝われば。ノウェルカって、昔の言葉で“故郷”って意味なんだそうです。履敵手帳に書いてあります。

 履敵ってもしかして専門用語かな。説明しとくと、敵を履くと書いて履敵です。敵を履いて倒すのがぼくら履敵兵士の任務です。そのために地球から五十光年はるばる船で送り出されて、毎日毎日“敵”を履いてます。履いて履いて履きたおしてます。

 もう消灯時間ですね。前置きだけで終わっちゃいました。もし質問とかあれば、通信で送ってくれればいろいろと答えますんで。こっちに質問が届くまでに、丸一日かな、かかりますけど、届き次第。じゃ、おやすみなさい。無事生きてればまた明日。





 ハロー、ハロー、地球のみなさん。ハローっていい言葉ですよね。これなら朝でも夜でも使える。今日もぼくは生きてます。

 なに話したらいいんでしょうね。

 基地でのなんてことない日常を話してください、って、そちらからの依頼文には書いてありますけど。なんてことない日常ね。きょうは同期がふたり、敵を履きそこねて死にました。なんてことない平均値です。

 敵って言ってますけど、名前は“カルケウス”って言います。古い言葉で“靴”って意味らしいです。靴のかたちをしてて、足で履くと死にます。そう言うと、弱っちい生き物に思えるかもしれないですね。ぼくも最初はそう思いました、初めて見たときも、ちょろいじゃないかって。動きも、ぼくがちょっと早めに歩くくらいのスピードで移動するだけだし、知能なんてものは無いから、こっちが走って逃げても、走って追いかけて来たりはしません。逆に、こっちが走って向かっていっても、走って逃げて行きもしない。

 こいつらを履いて履いて全滅させれば、この惑星は人類の住むことのできる星になる。人類の、第二の故郷になる。

 だから“ノウェルカ”って名前なんですね。

 気が早い命名です。

 ハロー、ハロー、地球のみなさん、消灯の時間です。ぼくがいなくても地球はつつがなく回っていますか? それはよかった。おやすみなさい。





 こんばんは、地球のみなさん。さっそく質問が届きました。聞いてる人いるんですね。もっと声のいいやつがやったらいいのにって思いますけど、新入り同士アミダで決めたんで。ぼくのせいじゃないんですよ。えーと、質問。『カルケウスって怖いですか? 見かけたら叫んだりしますか?』

 見たら……って、見た目はまあ、怖いもなにも、靴ですよ。

 靴って言うか、まさか靴ひもまではついてないですけど。お風呂掃除とかする時に履く、樹脂でできててすぽっと脱ぎ履きできるやつ、あれみたいな感じです。色は、黒っぽいのが多いです。こっちの陸地は基本、白い土なんで、目立ちます。黒い靴が、誰も履いてないのに、靴だけでぺたん、ぺたん、って歩いて来る。

 カルケウスは人間の気配をどうやってか感知して、近づいてくるんで、常にどこかしらの方向からカルケウスは寄って来てます。いちいち叫んでたら声帯がいくつあっても足りないですよね。怖いかって言われたら……

 ……たぶん、最初は怖かったですよ。来てから三日かそこらのあいだは。もう忘れちゃいましたけど。今はまあ、べつに、そりゃあ、見て嬉しくはならないですけど。ああ、いるなあって感じですかね。もう午後なのにノルマに届くかどうかって時に群れが見えると、よし、これでノルマ達成、って思って、ホッとするってことはあります。

 ノルマって何ですかって質問も来そうだな。いま答えときます。ぼくたち履敵兵士には一日あたり何頭っていう履敵数のノルマがあります。どれだけ履いたかは兵士ひとりひとりの使っている履敵兵具がカウントしてます。

 あ、時間か。今日はQアンドAでした。また明日。





 どうもハロー、履敵基地からお送りしてます。週末は放送が無いそうで、この収録も二日間休みでした。でも履敵任務には週末は無いんで、いつもどおり履いて履いての二日間でした。質問来てますね、『リテキヘーグって何ですか?』。

 敵を履くための道具です。兵士の道具だから兵具。えーと、これです。これなんですけど、見えませんよね。見ればすぐに何なのか分かるんですけど。これはつまり、敵をとにかく一頭でも多く、少しでもスムーズに履いて脱いでまた履いて、ってしないといけないんで、そのための補助器具です。

 つまり靴べらです。

 靴べらと違うのは、カウント機能ですね。その日どれだけ敵を履いたか、敵の生命反応の消失を感知してその数を記録する機能がついてます。設定したノルマに達していない場合、基地のゲートが開きません。改札で切符の額面が足りてなかったりするとき、バシーンってゲート閉まるでしょう、あれが起こります。

 それでもしつこく入ろうとすると、周りの兵士がよってたかって首根っこ掴まえてほっぽり出します。そうしないと、あとつかえてるんで。

 だからって、たくさん履こうと焦りすぎると履敵ミスをやらかしやすいです。自分なりのペースを把握して、それを守ることが大事です。そのために、一時間おきくらいにカウントを確認しておくと夕方近くになって焦らなくて済みます。そういう意味ではカウント、便利な機能です。でも、もともとノルマなんて無かったらもっといいんですけど。

 ノルマには意味があって、この兵士の数で、毎日全員がこれだけ履敵すれば、カルケウスを予定の期日までに全滅させられる、っていう数値なんですね。予定の期日って、来年の元旦です。やっぱりめでたい日に間に合わせたいですよね、地球のみなさん。その頃にはぼく生きてないかもしれないんで今、言っときます。ハッピーニューイヤー! おやすみなさい。





 ……基地ではみんな裸足です。ノウェルカでは裸足が最大の、かつ唯一の防御、兼、武器です。カルケウスは核で焼いても死にません。タマゴなら核で焼き殺せますが、孵化すれば殺す方法はありません、裸足で履くこと以外には。だからぼくらはいつでも裸足で、常にカルケウスに備えています。基地にもいつ、どんなきっかけでカルケウスが入り込まないとも限らない。

 夜、寝るとき、布団から足が出ていると落ち着かないですよね。あの精神状態が四六時中続くのがノウェルカでの毎日です。

 痩せそうでしょう? よいご旅行を。





 どうも。まずお詫びから。前回の収録分、途中からしか録音できてなかったらしくて、失礼しました。ちゃんとREC押したつもりだったけどな。まあいいや、ハロー、こちら履敵基地、ぼくは元気です。こんばんはじゃなく、こんにちは。今はまだ午前です。

 ノウェルカにも雨は降ります。その雨は人間が生身で外に出れば一瞬で骨まで溶ける酸性雨。というのは冗談で、地球の雨と成分ほとんど変わりません。飲んでも平気です。ただ何故かちょっと青い色をしています。害は無いらしいですけどね。

 じゃあなんで今日は朝から基地に居るか? 今日も休まず外に出てどんどん敵を履けばいいじゃないか。もっともな疑問です。でもこの雨が、いまも言ったとおり青くて、これが完全に視界を青くふさいでしまうんです。地球では、晴れれば青空、降ると薄灰色、そんなイメージですよね。ノウェルカでは、晴れている日は白のイメージです。白い地面ばかり見張って歩くから。それで逆に雨の日は青。基地の中も今日は、深海に沈んだみたいに壁も床も、お互いの顔も青ざめて薄暗いです。

 こんな日にはカルケウスは、水が入り込んで溜まって動けなくならないように、裏返しになってじっとしています。これを間違って踏んづけると、おしまいです。だから雨の日はカルケウスもぼくたちもお休みの日、休戦日です。ぼくらは基地で一日、眠ったり、掃除をしたり、回し読みされすぎてぼろぼろになった雑誌を眺めたりして過ごします。朝に見た顔が、夕方になってもひとりも欠けていないのは雨の日だけの現象です。ときどき、朝より増えていることもあります。いなくなったはずの顔が増えています。雨にまぎれて帰ってくるんです。

 嘘です。たぶんね。ではごきげんよう、お昼ご飯の時間です。きょうはクラブハウスサンドだそうです。ここだけの話、ぼくはキュウリが苦手です。

 



 てて。ああ、どうも。ハロー。えーと、痛ぇ。こちらぼくです。ちょっと今、今日、さっきちょっと手術受けて来たとこで、麻酔さっそく切れ始めてて痛いです。

 えーと。おたより。質問コーナー。『どうしてノウェルカ行きに志願したんですか? あとお名前が知りたいです。』

 どうして?

 ふうん。

 いや、こっちの話って言うか。志願? へえ、そういうことになってるんですね。知らない人は知らないまま生きてくわけだ。ははっ。志願なんてしてないですよ? これ書いたの、女の人なのかな。女はノウェルカ来ませんもんね。男は全員試験を受けます。その試験に『合格』したら、おめでとう、ノウェルカ行き決定です。免除されるには死ぬしか無い。知らなかったですか? ひとつ賢くなりましたね。

 ぼくの名前ですか。知ってどうするんでしょうね。教えません。じゃ、次のおたより。

『いつも楽しく聴いてます。』ありがとう。『足で履いたら死んじゃうって、おもしろいですね! ミスしたら死ぬって、怖いけど、想像したらちょっと笑っちゃいました。』

 可笑しいでしょう? ぼくらも時々笑っちゃいます。じわじわ来るんですよね。どうせなら、いっそ敵がバナナの皮の形してて、踏んで滑って転んだら敵が倒せるとかだったらもっと笑えましたよね。

 さっきのかた、ぼくの名前、ほんとに知りたいですか? 聞いたら後悔するかもしれませんよ。あなたの弟さん、お兄さん、息子さん、ちゃんと連絡取れてますか?

 痛てて。じゃあ、ちょっと短いけど、今日はここまで。





 ハロー、どうも。今日も相変わらずこのぼくがお送りします大人気コーナー、『お元気ですか履敵基地』。いい加減聴くほうも飽きてるんじゃないですかね。ぼくは飽きてます。なので今日は道連れを連れて来ました。医務室勤務、頼れるぼくらのお医者さん・2078番さんです。拍手!

…………連れてきたはいいけどこの人、なんにも喋りませんね。いや、ほんとにここにもう一人、いるんですよ? ひとりで虚空と喋ってるわけじゃないですから。ああ、それ言ったら普段の収録こそひとりで虚空に喋ってるんですけどもね。

 こう喋らないやつが隣にいるんじゃ、かえってやりづらいな。

 おたより行きましょう。くそ、ほんとにやりづらい。

『どうしてノウェルカに行こうと思ったんですか?』

 はい、昨日お答えしました。まあいいや、もういっぺん答えます。ぼくら全員、意志とか一切関係なしに、試験に『合格』したからここにいるんです。

 いいんだよ。問題あったら向こうで削除なりするだろ。

 ええと、今ぼそぼそっと喋ったのが2078番さんです。しぶい声してますよね。ちなみに2078番さんはどうして試験に『通った』んでしょうか? この機会に訊いてみましょう。

 え? 

 へえ。

 はい、みなさん聞こえましたでしょうか? 彼、ぼくらのお医者さんは、色覚検査でひっかかって、失礼、『合格』して、ここノウェルカへ送り込まれたんだそうです。

 ぼくですか? ぼくはですね、試験に失格したかと思いきや。帰り際に全員で歌わされた独立記念日の歌、そうその日ちょうど独立記念日だったんですね、あれ歌ったら肩つかまれて『合格』の列に並ばされました。

 そうだよ?

 ほんとだって。

 隣でお医者さん、びっくりしてます。そう、普通はね、もっと目に見えて分かる理由で『合格』するものらしいです。つまり、腕が片方無いとか、指が一本多いとか。余命宣告されたとか。

 ノウェルカ行き選別試験に、『音痴だから』っていう理由で『合格』した兵士はひょっとするとぼくが初めてかもしれない。

 名誉なことです。

 ん? 知るかよ、そんなの。うちの地区、過疎だったからさ、あのままじゃ合格者数足りなかったんだろ。たぶん。

 ええと、マイクに拾われないところでいろいろ喋りかけてくるシャイなお医者さん・2078番さんへの質問もどんどん受け付けてます。次回ももしかしたら出てくれるかもしれません。明日のぼくの体調次第ですね。彼からぼくへの輸血も無事に終わったところで、針を抜きつつお別れしましょう。いてててて。また明日!

 

 

 いま朝です。ノウェルカの朝は緑色です。青い太陽が白い砂丘のでこぼこの向こうで、めまいみたいにゆっくり右上に上っていくのがここから見えます。手を振ったら振り返してくれそうに見えます。少なくともあの青い太陽は、みなさんのいる青い星よりも今ぼくらにずっと近い。

 壁の暦が誤作動していなければ、十八日ぶりの収録です。こんにちは。

 きょうは履敵には行きません。昨日も敵を履いていません。

 昨日の昨日のそのまた前の日のまた前の日か、そのあたりで、ぼくら下っ端で食堂で話し込んだことがありました。「そんなはずは無い」って主張した連中は、こう言ってました。「おれたちこそがカルケウスにとって天敵なんだ。カルケウスをおれたちが滅ぼすことはあっても、カルケウスがおれたちを、なんてことはあり得ない」。

 ぼくらがああでもないこうでもないと話し合っていたあいだ、会議室では何が話し合われていたのか。それは分かりません。ドアを開けたら、他殺体がひとつ。あとは全部が服毒自殺でした。地球からの連絡がいっさい途絶えたことを受けての緊急会議だったらしいですが、ぼくらは何も聞いていません。連絡が途絶えたらしいことはぼくが個人的に、あのシャイなお医者さんから聞き出しました。その彼も四日前を最後に姿を見かけません。いちど医務室をノックしましたが返事はありませんでした。こじ開けたほうがいいんでしょうか。

 そんな今日この頃の履敵基地です。ハロー、ハロー、地球のみなさん、お元気ですか? ぼくは今日も生きてます。おどかすわけじゃありませんが、こちらから追加の兵士を迎えに何度か送っている往還船、ちゃんとくまなく放射線照射してますか? ひょっとして不充分だと、表面に潜んだタマゴがひょっこり孵ってしまいかねませんよ。

 ああ、いま、窓の外で天気雨が降り始めました。

 ノウェルカで天気雨が降ると、高い確率で青い虹が見られます。あなたが見たことのある青すべてと見ずに終わるすべての青が整然と詰まった虹です。

 ハロー、ハロー、地球のみなさん、もしかして全滅とかされてたりするんでしょうか?

 ハロー、ハロー、ぼくは元気です。ぼくたちはとてつもなくふがいない天敵ですね。






〈了〉

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PROFILEブタスブタ

魚のアラと魚河岸揚げと散歩が好きです。

『体内時計25時。』
http://buta-subuta.tumblr.com/

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